Takanashi-chaen

高梨茶園


22歳のスーパールーキー

22歳で1等を獲得したスーパールーキー神奈川県秦野市に、22歳の若さでありながら、手揉み品評会で1等を獲得した話題の新人がいます。それが、高梨茶園4代目の高梨晃さんです。

天才的な功績を収めた高梨さんですが、実はその華々しい姿の背景には、多大なる努力の日々が隠されていました。

高梨さんは緑茶農園の後継ぎとして、高校卒業と同時に静岡へと向かい、茶業研究所で緑茶のイロハを学ぶことになります。緑茶農園で生まれながら、あまり家の手伝いをしてこなかった高梨さんは、自分の周りの同級生たちが緑茶に対する高い情熱を持ち、幼いころから緑茶の栽培に関わってきた事実を目の当たりにして驚きます。

同級生の中でも頭一つ遅れを見せてしまった高梨さんですが、そのとき、一人の先生に出会ったことが、その後の運命を大きく左右することになったのです。

その先生というのは、茶業研究所の中でも特に厳しいことで知られる方であり、やる気のない人の面倒は見ない、そしてやる気のある人は皆その先生に教わりたいと考えていました。技術的な遅れを埋め合わせたいと思っていた高梨さんは、その先生の指導を受けることを決意します。

先生の厳しい指導を受けながらも、やはり同級生になかなか追いつけない高梨さんは、苦悩の日々を歩むことになりました。しかし、それでも負けたくない、追いつきたい、追い越したい、という想いだけが、彼を動かし続けます。そんな折、先生がこんなことを言いました。

「お前はぶきっちょだ。一番できない。でも、やる気だけは誰よりもある。だから面倒を見てやる。何しろ俺は、やる気のある奴しか面倒は見ないからな」

その言葉を聞いた高梨さんの中で、何かが吹っ切れました。そうだ、自分は不器用かもしれないけれど、努力では負けたくない。

それから更なる決意を胸に、これまで以上の努力を見せた高梨さんは、やがて時間を掛けながらも次第に先生の教えを習得し始め、いつしか同級生たちに追いつくようになり、あるいは周囲より頭一つ抜け出して、気がつけば、現在の緑茶業界を背負う先輩たちにも認められるようにもなっていたのです。

そのようにして、緑茶業界のスーパールーキーが誕生したのです。

秦野の緑茶農園パイオニア

秦野の緑茶農園パイオニア秦野市はもともと、煙草の栽培が大変盛んな地域であり、高梨家も煙草農家として皇室に製品を納めるほどの成果を見せていました。しかし、昭和の初期になると、煙草の工業化とともに秦野の煙草栽培は急速に衰退し、日本専売公社の工場が撤退すると、いよいよ煙草の時代は終わりを告げることになりました。

危機的な境遇に直面した高梨家ですが、その頃、秦野市の調査により、秦野の地が実のところ緑茶の栽培にも適しているという事実が判明し、職員から緑茶の製造を推薦されます。

そして、高梨家はその調査結果を信じ、秦野で最初の緑茶農家に転身することになりました。

手探りの状態から始め、市の協力などを得ながら耕作放棄地を買い取りその面積を広げ、現在は秦野を代表する緑茶農家のひとつとして挙げられる程になりました。

そして、昭和63年、4代目の高梨晃さんが誕生し、高梨茶園は更なる革新の時を迎えることになったのです。

緑茶でつながる人の輪

緑茶でつながる人の輪緑茶とは、人と人をつなぐもの。

「私が緑茶を作り、それを販売する。その緑茶を私の知らない人が買いに来る。私たちはそこで知り合うことができる。購入者、販売店の方、出会う人は様々ですが、もし私が緑茶を作っていなければ、絶対に出会うことのなかった人々です」

そのように高梨さんは考えています。高梨茶園のこだわりを訊いてみても、栽培法や製造法はもちろんのこと、「お客様をいかに大切にするか」というところに一番気を使っているようです。

「私は、直接販売にこだわっています。私の作った緑茶をどのような人が購入し、どのような感想を持っていただけるのか、それを知りたいからです。手揉み教室を開いて、一般の方との交流の機会を設けることもあります。

一度出会った人には、手紙を書いて新着情報をお伝えするようにします。それ以外で、手紙を出すこともあります。とにかく、自分がされて嬉しいことは、何でもしたいと思っています」

生産者、製造者であり、そして販売者であること。高梨さんは、その意味を強く理解しています。これまでの緑茶農家とは少し毛色の異なる印象を受けるのは、恐らくそのような価値観から生まれる、高梨さんの魅力のためでしょう。

「買い手がいるからこそ、すべきことがある」

経験を補うやる気と経営者としての才能が、高梨さんの緑茶を必然的に磨き上げているようです。

一日は緑茶とともに

一日は緑茶とともに緑茶離れが進んでしまっている現状に対し、高梨さんに緑茶の魅力を伺ってみると、次のような回答が返ってきました。

「緑茶は生活密着の飲み物です。朝はがっつりと渋めのもの、食後はきりっとしたもの、眠くなったら熱いお茶、お腹の弱い人にはほうじ茶が良かったり。

種類や淹れ方によって、性格を変える緑茶は、一日の生活のどの瞬間にも入り込むことが出来るものです。これほどまでに形を変える飲み物は他にないでしょうし、日本人が緑茶を愛した理由も何となくわかります。

あまり緑茶を飲んだことのない人は、ぜひ一度お試しになってみてください。きっと、皆さんも緑茶の魅力を感じて頂けるでしょうし、色々な種類を試しながら、皆さんだけのお気に入りのものを見つけてもらえると思います」

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