Takako Numata

沼田貴子


福澤英里子

沼田貴子
(つなぎ屋)

「日本の伝統的なモノづくりの素晴らしさを多くの日本人に伝え、日本を誇りに思う人を増やすこと」を人生のミッションとして掲げ、職人と使い手の「橋渡し」を中心に活動する『つなぎ屋』。
ニッポンの伝統と人をつなぐ つなぎ屋たかのブログ』も大人気です。


Q1. 『つなぎ屋』って何ですか?

『つなぎ屋』は私の屋号です。
私は、私の人生のミッションが「日本の伝統的なモノづくりの素晴らしさを多くの日本人に伝えて、日本を誇りに思う人を増やすこと」であると思っています。
そこで、「伝統工芸の作り手」と「使い手」の橋渡しになるような、つなぐ役目を担いたいと考えるようになりました。

たとえば、地方で作っているものでも、都会で受け入れられるものはいっぱいあると思います。私自身、都会に住んでいるので、その点を活かし「距離」をつなぐパイプ役になりたいという思いがあります。
また、私が小さい頃から使っていたものを、いまは私の子どもが使っている。そんな風に「時間」をつなぐことも出来るのではないかと思っています。親と子、私と私の親、親と孫。私は、その橋渡しをする役目を果たしたいのです。
人と伝統の間に立って、そのふたつを繋ぎたい。だから『つなぎ屋』です。

Q2. どうして『つなぎ屋』が人生のミッションだと思ったのですか?

緑茶料理教室もやられているということですが、その内容や生徒さんの反応を教えてください。ひとつは、私の実家や親戚が自営業だったこともあり、もともと「経営」に興味があったことが挙げられます。もう一点は、伝統を愛する自分に気が付いたことでした。

私は新潟県村上市の出身で、大学生のころに「町屋再生プロジェクト」というものが始まりました。その計画のおかげで、帰省するたびに、町の様子は変わっていきました。それは決して、古いものを壊して新しいものを作るというものではなく、古いものを前面に出しながら建物を改装し、街並みをそろえ、景観を統一させるという方法を取るものでした。昔からあったものにスポットが当たり、改めて大事にされる。村上ってこんなに良いところだったんだ、と帰るたびに思いました。いつの間にか、村上を誇りに思う気持ちが胸にあったのです。

その時、誰の心のなかにも、故郷を誇りに思う気持ちはあるのではないかと、考えるようになりました。

また、結婚して子どもが生まれ、子どものお宮参りや七五三の衣装に、私が小さい頃使っていた着物を着せたのですが、職人さんが丹精込めて作ったその着物は、何十年経っても、時間の流れとは無関係に価値が変わらない、いつまでも輝いていたのです。そのとき、それを嬉しく思う自分を発見しました。そして、ふと自分の持ち物を見つめ直してみると、そこには昔の人が作ったもの、日本の伝統的な工芸品がたくさんありました。そうか、私はこういうものが好きなのか、と気づいた瞬間だったのです。

職業訓練で新しいビジネスを構想したときに、「経営」と「伝統を愛する自分」が見事につながりました。これまで「点」だけでしかなかった想いが、はじめて「線」となって形を描いたのです。嬉しかったですね。私のやるべきことは、伝統工芸に携わる人々の想いを引き出して、パイプ役になること、そしてそれをさらに次世代へとつなげていくことなんだって、思いました。人生のミッションがようやく見つかったのです。

Q3. 話は変わりますが、たかさんはどうしてそんなにお若いのですか?

実際、緑茶料理を続けてみて、体調やお肌に変化はありましたか?ありがとうございます(笑)。とくに何かをしているわけではないのですが、強いて言うなら、毎日がワクワクしているからだと思います。

私はもともとモノ作りが好きで、工業系の大学に通い、卒業後はSEとして働いていました。しかし、先端技術に触れながらふと、わだかまりを抱えている自分がいたのです。私のしたかったことは、本当にコレだったのかって。結婚をして子どもが生まれ、泣きじゃくる娘を保育園に置いてくるときに、いつも考えました。ここまでしてしたい仕事なのだろうか、でも、辞めてまでやりたいこともなくて。そんな風に煮え切らない日々を過ごしていたのです。たぶん、その頃は今より老けて見えたかも(笑)。

でも、結局思い切って仕事を辞めて、職業訓練に通い、私は『つなぎ屋』という新たな人生を発見することが出来ました。それ以来、毎日が楽しくて仕方ないのです。その時を境に、自分が何のために生きているのかと悩まなくなりました。私はこの活動のために生きている、そして私のすること、出会う人、ものたちはすべてこの活動に繋がっていると思うと、こんなにワクワクすることはありません。こんな私になれて良かったって、毎日思っています。そういう自分の中の幸せが、周りの人には若々しく映るのだと思います。

そして、そういう「私」を作ってくれたものがいっぱいあります。それは親や地元もそうですし、日本という文化もやはり大きく関わっていると思うのです。だから私は、日本にも恩返しをしたくて、この活動をしているのだと思います。

Q4. たかさん流の物選びの「軸」は何ですか?

エリコ先生流の日本の文化との関わり方とは?私自身、モノ作りが好きという事もあり、「手作り品」に魅力を感じます。ちょっと不恰好でも、味があるものが特に。たとえば、一点ものなんかはついつい手に取ってしまいます。その作品から、作家さんが透けて見えるような、そういう雰囲気を感じられて。だから、そのものと両想いになっている気がするんです。

そういうものが生活の中に増えていくと、金銭的な裕福さとはまったく無関係に、自分の心がすごく豊かになっていくんです。それに、子どもに話せることも増えていきます。たとえばひとつのお皿を手に、これね、この前買ったものなんだけど、この模様にはこんな秘密があってね、この形にはね…といった具合に、ストーリーを語ることが出来るんです。

母親が心からそんな風に話している姿を見せると、子どももそういうものの選び方をするんじゃないかなって思うんです。それも、つなぎ方のひとつですかね。

Q5. 着物との付き合い方について教えてください。

エリコ先生流の日本の文化との関わり方とは?もともと親が行事を大事にする人で、ひな祭りでもお正月でもファッションショー感覚で着物を着ていました。料亭のアルバイトでも着物を着ていたので、私にとっては比較的当たり前のものだったといえます。ただ、大人になってからは着る機会が減ってしまったのですが、あるとき『KIMONO姫(祥伝社ムック)』という雑誌が登場し、その中でモデルさんたちがアバンギャルドに着物を身に着けている姿がものすごく格好良くて、まさに衝撃でした。それを読んで再び着物への憧れを抱くようになり、友人の結婚式に、友達とみんなで着物を着ていったのですが、それがすごく粋で、友人にも花を添えられたし、何よりもみんなで楽しむ事が出来ました。

いくつになっても格好良く着られる着物って、なんて可能性があるんだろう、と改めて感動しました。着物の帯には色々な結び方があるし、半衿との組み合わせも無限大です。それに骨董市に行けば、帯が格安で売られていたりして。お金を掛けずにオシャレが出来て、本当に面白いです。

だから、私にとって着物とは、格式ばった学ぶべきもの、というよりは、ファッションの一部なんです。

~たかさんからのメッセージ~

国際化の世の中において、さまざまな文化が私たちの周りにありますが、改めて日本を楽しんでいただきたいと思います。名勝めぐりでも行事でも、着物や磁器でも、何でも構いません。日本の文化の中には、私たち自身が見え隠れします。そこに、自分のルーツがあったりします。だから、日本を楽しむ事は、自分を楽しむ事につながるのです。

日本を、自分を、もっともっと楽しんでください。

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